第9回毎日パソコン入力コンクール 6月大会 第6部 和文B(文字数1,800字程度) 平成20年12月24日、12月22日付 毎日新聞社説・余録より引用 「里海」創生 海を身近にするチャンスに 社説:「里海」創生 海を身近にするチャンスに  「里海(さとうみ)」という言葉が近年注目されている。人里近くにあり、人々がマキ拾いをしたり、キノコ採りを楽しんだりできる「里山」を海に置き換えた考えだ。親子連れが潮干狩りを楽しめるような浜辺を思い描いてもらえばよい。環境省が今年度から3カ年計画で里海創生支援に乗りだし、初年度は2500万円、来年度も2100万円の予算が認められた。この機運を生かし、豊かな海を実現するため市民も積極的に参画していきたい。  今年は兵庫県・赤穂海岸や長崎県・大村湾など四つの支援海域を選定。市民団体などによるアマモ増殖や自然観察会などの活動をサポートしながら、他地域でも役立つマニュアルづくりを進めるという。  里海づくりは何も昔懐かしい海岸風景へのノスタルジーからではない。瀬戸内海や東京湾、伊勢湾など閉鎖性の高い海域は水質汚染の影響を受けやすく、漁業生産の低下も深刻だ。このままでは生物の多様性が失われる恐れもある。こうした海域の環境を改善し、健康な海を取り戻す有効な手だてになると期待されているからだ。  この言葉を1998年に最初に提唱した九州大学の柳哲雄教授(沿岸海洋学)は「人手が加わることにより、生産性と生物多様性が高くなった沿岸海域」と定義している。赤潮の発生メカニズムなど瀬戸内海の環境を長年研究するうちにたどりついた概念だ。  具体的には何が必要なのか。それは山から川、川から海へと続く物質の滑らかな流れを保つことだ。森林や里から溶け出した栄養分が川を通じて海に流れ込み、プランクトンを養い、それを魚や貝が食べる。この食物連鎖が断ち切られると赤潮の原因になる。海中に酸素がほとんどなくなり、生物が死んでしまう貧酸素水塊も発生する。海のメタボリック症候群だ。  自然海岸をコンクリート護岸で埋め尽くし、ダムで川を寸断すると滑らかな循環は守れない。稚魚が育つ藻場や、水質を浄化する働きのある貝類のすみかとなる干潟を埋め立てでつぶすこともご法度だ。公共事業による埋め立ては極力抑制し、港湾の改修などに際して護岸を自然海岸に近いものにし、生物が生息しやすくすべきだ。  豊かな森を守ることも欠かせない。「森は海の恋人」の合言葉で宮城県のカキ養殖業者らが山で植林を始めて20年になる。これを見習う漁協の動きが全国に広がっている。漁協が行う植林や海岸清掃、藻場づくりに一般市民が参加しだしたことは心強い限りだ。  一方で瀬戸内海の海ごみの多くは河川を通じて都市から流れ込んだものだ。都市住民が海の汚れに無関心では環境改善などおぼつかない。里海づくりは市民が海を身近に考えるチャンスととらえたい。 毎日新聞 2008年12月24日 余録:世界の名だたる競技者が好んで使う…  世界の名だたる競技者が好んで使う砲丸は日本の職人の手で生み出される。北京五輪への提供を拒んだことで、かえって、その名が知れ渡った。埼玉県富士見市で町工場を営む辻谷政久さん(75)だ▲その砲丸で選手は04年のアテネまで五輪3大会連続で表彰台を独占した。辻谷さんが「大切な分身」という砲丸を北京に送らなかったのは、アテネの年にあったサッカー・アジア杯で中国人観客が起こした反日騒動に嫌気が差したからだ。「職人の意地でした」▲元旋盤工の作家、小関智弘さんが「現場で生まれた100のことば」(早川書房)で、職人たちの真骨頂を紡いでいる。「これまでの町工場は、待ち工場でした。多少の不景気もじっと耐えて待っていれば、また景気が回復してくれました。でもこれからは違います。町工場も、自分の仕事は自分で作る時代です」。平成不況を乗り切った工場主の覚悟が伝わる▲今また町工場は景気悪化の北風をもろに受ける。約6500の町工場が軒を連ねる東大阪市の年の瀬も寒い。ただ、50センチ角の立方体の小型人工衛星「まいど1号」を生んだのも、この地だ▲衛星は産学協同で完成まで6年を費やした。「ものづくりの街に若者を呼び込みたかった」。発起人の一人、青木豊彦さん(63)は航空機部品を製造している。ボーイング社の世界一小さな認定工場でもある▲職人たちはいつも知恵と工夫と、そして度胸で生き抜いてきた。「(社員に)うちの強みは、お前らや」。青木さんの心意気を、小関さんはそう書き留めている。職人の意地と生きがいを載せて「まいど1号」は来月21日、種子島から宇宙に旅立つ予定だ。 毎日新聞 2008年12月22日